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「蒙求」を学びエンジョイする・その三

さいたま市民活動サポートセンター九階ラウンジで7月三回目(通算では103回目)の「四つの幸せ塾」を開催しました。「鳴鶴日下 士龍雲間―、陸雲は字を士龍と言い、六歳の子供の頃から文を綴るのが上手だった。性質清く正しく、才能に秀で言行理にかない、若くして兄の機と名声を同じくした。呉が晋に平定され、陸兄弟は洛陽に連れて行かれた。雲はまだ荀隠とは互いに知らなかった。ある時、張華の家の席で二人は会った。張華が二人を紹介して言うには、今日、才能優れた者同士が偶然出合った。平凡な話は禁物だ、と。その声に応じて陸雲が言うには、私は名前の通り雲間の陸士龍である、と。隠もそれに合わせて、私は日の下の荀鳴鶴であると、言った。太陽の下を飛ぶ鶴だというのだ。雲の若い頃の話である。旅の途中で知人の家に泊まろうとした。ところが道に迷ってしまった。すると不思議な少年に出合った。話をしたところ「老子」の話をするのに言葉の趣の深遠なこと、彼は舌を巻いた。翌日になってそのわけが知れた。そこは「老子」研究の大学者の墓であったのだ」


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さいたま市市民活動サポートセンター