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「十八史略」を学びエンジョイする・その三

さいたま市市民活動サポートセンター九階ラウンジで6月三回目(通算では98回目)の「四つの幸せ塾」を開催しました。「秦
の始皇帝は名を政と言う。かつて昭襄王の時、王の妾腹の子で楚と言う者がいて、趙の邯鄲に人質となっていた。時に豪商の呂不葦が趙に行き、楚を見て、これは珍しい代物だ、手に入れておこうと言った。彼はそれから秦に行き、太子の妃の姉をたきつけて、楚を立てて跡継ぎとした。そして自分の妾が妊娠すると、その女を楚に献じて妃とした。かくして政を生んだ。だから政は実を言えば呂不葦の子である。孝文王柱が位に就いたが、三日で亡くなった。次いで楚が位についた。これが荘襄王という。四年で亡くなった。政は十三歳で、とうとう王となり、母を尊んで太后とした」このくだりから出た「奇貨可居」は、またと得難い品物は今は価値がなくとも、他日必ず利益があるから、買い貯めて時を待つがよい、との意味で用いられるのが正しいが、後世転じて、「好機逸すべからず」「機乗ずべし」等の意に用いられるのは、本義を失している。


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