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「伝習録」を楽しく学ぶ・その三

さいたま市市民活動サポートセンター九階ラウンジで、2月三回目(通算では81回目)の楽しい学びを行いました。「致知格物について、朱子学では、万物についてその理を窮め至り、吾が知識を充分に発揮する、の意であった。が、陽明はこれに対して、事事物物に理を求めるのは理と心とを別にするものであり、また万物の理を窮めた後でなければ、誠意・正心・修身に及べないとすれば、人は一生心身の修行は出来ないではないか、と反対した。陽明にとっては、致知と格物が同じであったように、誠意も正心も修身も、致知格物と同じ事であった。―蓋し、身・心・意・知・物は是れ其の工夫の用ふる所の条理にして、亦各々其の所有りと雖も、その実は只だ是れ一物。とあるのがそれである。」学びとは、特に楽しい学びとは、私たちに都合のよい事だけをつまみ食いすることではなく、謙虚に先人の教えに向き合う事を意味するのですね。

 
   


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さいたま市市民活動サポートセンター