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「中庸」をエンジョイする・その一

さいたま市市民活動サポートセンター九階ラウンジで今年最初の「四つの幸せ塾」を開催し、楽しい学びを実践しました。中庸の概念は孔子の「論語」に始まるとするのが通説ですが、「中庸」の説く内容とは自ずから相違が見られます。孟子は「君子は経に反るのみ。経正しければ、則ち庶民善に興(おこ)る。庶民興れば、ここに邪慝(じゃとく)なし」と唱えている。孟子の経とは、最も普遍的に妥当する「人倫の至り」である。中行の中とは、狂・狷の両端に対すれば、その中間であるが、それ自体はその両端によって規定されるものではない。いかなる場合にも、誰にも普遍的に妥当するのである。中の一字は、中枢・中正・適中の三義を兼ね備えている。ただ、孔子・孟子の中行(中道)は、同じく道を求めるものの徳行を主として言っており、「中庸」のような理論的整備を欠いている。「中庸」の誠の説の基本は、人間を主として言えば、自己の行為を厳しく反省するとともに、天道を達観して、自己の行き方そのものとして、その真実であり、最善と信ずる精神を発揮することを主張している。非常にオーソドックスで誰もが首肯できる理論なのですね。今年も楽しく学ぶ、学びをエンジョイするを大いに実践して参りたいと考えております。

 
   


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