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万葉集を自由に楽しむシリーズ・その一

8月4日(土)、さいたま市市民活動サポートセンター九階ラウンジで、今月から開始する「万葉集」を題材とした楽しい学びを開催しました。『夕月夜(ゆふづくよ) 暁闇(あかときやみ)の 朝影に わが身はなりぬ 汝(な)を思ひかねに』― 朝影のように身が細ってしまった、恋しいお前を思う自分のこの切ない思い(深く重い)に、耐え切れなくて……。古代の結婚は夫が妻の家を夜に訪れ、早朝、まだ太陽が昇らない前に、妻または、恋人の家を辞する所謂「妻問い婚」。朝、登り始めた太陽の光を受けた木々の陰が細く長く伸びる。これが「朝影」である。現代人は「恋」・「恋愛」が大好きであるらしい。しかし、恋しく思う相手と会えないでいる時間の辛さを、痛切に感じる鋭敏にして素朴な感情では、万葉びとには遥かに劣っているだろう。この2664番の前後の歌を二首。「ちはやぶる 神の斎垣(いかき)も 越えぬべし 今はわが名の 惜しけくも無し(― 恋心の苦しさに、決して越えてはならない神社の斎垣でさえ、越えてしまいそう。今の私はもう命と等価の名前も何も惜しくは無くなっています。どうかこの苦しい胸の内を思いやって下さい、あなた)」、「月しあれば 明くらむ別(わき)も 知らずして 寝てわが来(こ)しを 人見けむかも(― 昨夜は月が出ていたので、外では夜が明けたかどうかも気づかずに、寝過ごして帰ってきた私を、人が見ただろうか)」。どうです、倦怠期の恋人や夫婦の方々、もう一遍、初心に返ってみては……。直ぐに役立つ、楽しい学び、是非あなたもご参加下さい。

 
   


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さいたま市市民活動サポートセンター