さいたま市民ネットワーク (NPO法人)
                         

会報5号ができました.

のびのびシティでのびのびNPO活動を
さいたま市民ネットワーク理事長
(日本舞踊家)庄司繁雄

 市民の皆様、お元気ですか。
 この度、さいたま市のキャッチフレーズが決まりました。
 「のびのびシティ」とういうことです。
 私たちは、足元の空缶拾いから国際交流まで、幅の広い活動をしています。その各種活動の原点は、この「のびのび」だと思います。
 さわやかな秋空のもと、心晴れ晴れのびのびとボランティアを展開してまいりましょう。

成田山新勝寺は、天慶3年(940年)寛朝大僧正が、朱雀天皇より平和祈願のお堂を建立して頂き、「新勝寺」の寺号を拝受、ここに東国を鎮護する真言宗の霊場として「成田山」が開山。本尊は不動明王。
特に、江戸時代に入ると「成田信仰」が江戸っ子の間に広まり、歌舞伎役者の市川團十郎も深く信心し、屋号を「成田屋」としていることは有名。今でも境内のあちらこちらに「江戸魚河岸」より寄進された石碑が多く見受けられ、参道には江戸時代の面影が残る。
昔は「成田には女房と行くもんじゃねえ」なんてことが言われていたが、それもそのはず、今の参道お土産物屋さんの辺りは以前の遊郭。これでは奥さん連れでは遊べないという寸法。
ご存知『映画 男はつらいよ』第一作で、寅が久々に故郷に帰ってきた日が、笛や太鼓で賑わう柴又帝釈天「お会式(日蓮聖人ご命日)」の日。纏(まとい)を振る寅の勇士が懐かしい。
当山は経栄山題経寺と言い、寛永年間(1629年)に開基。
勝海舟をはじめとした江戸っ子の法華信仰は盛んで、ここ柴又の帝釈天にも多くの参詣客でにぎわった。
山田洋二が柴又をモチーフに「男はつらいよ」のメガフォンをとって以来、歌謡曲「矢切の渡し」のヒットもあいまって、現代に薄くなった下町の情緒と人情を求める人々が訪れる、一大観光地となっている。
寺内帝釈堂に描かれている「法華経説話彫刻」は見事。一見の価値あり。
江戸時代より病気平癒の祈願寺として、とげぬき地蔵尊の愛称で庶民の信仰を集めた曹洞宗萬頂山高岩寺。
参道の地蔵通り商店街は、「おばあちゃんの原宿」との異名を持ち、人々の交流と癒しのスポットとなっている。
お地蔵さまをなでなでした後、商店街を行くと、なんと赤いパンツが臆面もなく売られている。目のやり場に困るが、こんなところが地蔵通りの妙味。
ここのキャラクターは「すがもん」くん。赤いパンツにもついている人気者。参詣時にはぜひ、さいたま市のマスコット「ヌゥ」くんに会わせたい。

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